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子育てエッセイ

松井るり子
  岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
 たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。
 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。

連載10 あきらめを知る

 高校を出てすぐ、保母として働き始めた母は、4人の子どもを出産した5年間を除いて、78歳の今に至るまでずっと保育者として働いています。40歳の時に、念願の小さな幼稚園を持ちました。
 半世紀の間に子どもたちが「変わってしまった」という実感は、母にもあるそうです。子どもが変わるほど生活習慣を変えたのは他ならぬ我々ですから、困った変化ならばできるだけそこから子どもを守るのが、せめてものお詫びと思っているようです。
 例えば、雨の日に自分がさしている小さな傘を「重い」「持てない」と訴える子が増えたと聞きました。考えてみれば無理もありません。子連れの移動には車を使うことが増え、特に荒天の日は車に乗せます。わざわざ雨の中を傘をさしてまで歩くことはめったになくなりました。それに気づいた10年前から、母の幼稚園では、雨の日に歩く機会をつくっています。
 寒くない雨の日に、ゴムぞうりはいて傘さして、小さい子は園の庭であそびます。大きい子は、傘さして列を作ってたんぼ道まで「雨の日さんぽ」に出かけます。いつものさんぽ道がまるで違う道になるので、汗ばむような日に雨が降ると、子どもたちは大喜びだそうです。傘って、ほんとはうれしいものだったかもしれません。
 私のアルバムに、一つ下の妹とおそろいの子どもの傘をかざして、童謡レコードに合わせて、縁側ででたらめ踊りをしている写真があります。はりきりすぎて雨降りの前に、傘はぼろぼろだったとか。何かを新しく買ってもらうことが、まれだった時代です。
 
 『かさの女王さま』(シリン・イム・ブリッジズ/作 ユ・テウン/絵 拙訳 セーラー出版)は、タイの日傘づくりのお話です。伝統的な傘づくりの村に生まれた主人公の少女ヌットは、傘の消費者でなく制作者です。傘の絵付けにずっとあこがれ、描かせてもらえる日がやっと来ました。花と蝶の伝統柄を描くつもりでいたのですが、思わず自分の好きなゾウを描いてしまいます。
 傘で生計を立てる一家に、売れる見込みのある伝統柄からはずれる余裕はありません。おとうさんに「花と蝶を描くんだよ」と言われたヌットは、がっかりしたのを押し隠して「ごめんなさい」を言いました。翌日からヌットは、大きな傘に花と蝶を描いて働き、子どもたちが遊び始める夕方に、余った竹と紙でつくった小さな傘にゾウの絵を描いて、窓辺に並べました。
 以前、「・諦める・は・明らめる・ですよ」と教えてくださった精神科のお医者さんがありました。彼女は患者さんの「あきらめ」のお手伝いをなさっているのかもしれません。ヌットも、仕事としてゾウを描くことは諦めましたが、すきま時間に材料の余りを使って、自分ができることを明らかにして楽しみました。
 
 『シルクの花』(キャロリン・マースデン/著 鈴木出版)は、工業化の波が押し寄せるタイで、シルクの傘に絵付けして働きたいと願う11歳のノイのお話です。
 地主が畑を売ってしまったので、ノイのおとうさんは農業ができなくなりました。逼迫の中、貴重な現金収入のために、15歳の姉はラジオ工場へ働きに出ています。機械の一部のような、とぎれめのない退屈な作業を強いられて身体を壊す子も多いそうです。来年からノイも工場へ行くことになりそうです。でもノイは、色を味わうことと絵を描くことが好きで、傘の絵付けがしたいのです。
 少女たちもおかあさんもおばあさんも、あれこれと胸を痛めています。でも「これを口に出したら相手が悲しむ」と察したことは、自分の内に収めて黙っているシーンが何度も出てきました。
 私は「これは言ってやらなくちゃ腹の虫が治まらない」と、言わずもがなのことを自分の子どもに言ってきたのではなかったでしょうか。年端のいかない子どもでも自制心を働かせ、あきらめの仕事を自分のエリアの中でなしとげて、まわりの人の気持ちを大事にしているのを、偶然同じ時期に読んだ2冊の本で知りました。
 私たちは子どものときから、「諦めるな、夢を持て」と励まされてきました。その「夢」の中身を振り返れば、「欲しい物は買いましょう。買えなければ買えるように努力せよ」という買い手への激励や、「消費者は既に何でも持っていて、欲しい物がない? だったらそこに欲望と需要を作りだすのが仕事だろう」という売り手への叱咤と、どこかでつながっていた気がします。
 
 なんかちょっと違ったかもしれません。ヌットやノイのように「あきらめ」を知る中で、どんどん出てくる子どもたちの新しい問題を、ささやかに解いていけたらいいなと思います。

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