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子育てエッセイ

松井るり子
  岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
 たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。
 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。

連載14 おうちの中に美術館

 以前読んだ本に、「好きな絵はがきを集めて、オリジナル画集をつくっています」とあって、なるほど! とうれしくなりました。私が昔、初めてのボーナスで買った数冊の立派な画集は、重くて場所取りで、印刷もどんどん「昔ふう」になっていくので、引越のたびに手放して、今はもう1冊もありません。その点、絵はがきならかさばらないし、サイズが揃うし、本当に好きな絵「だけ」を取っておけます。他人の選になる画集の絵を「全部好き」なんて、ありえませんものね。展覧会のたびに買ってきた絵はがきを改めて眺めてみると、当然ながら100%大好きな絵です。「よしっ、これが私の画集」と決めると、ますます絵はがき買いが楽しみになりました。
 ある日それを眺めていたら、貯め込んでいることが急に空しくなって、どんどん使い始めました。その代わりに、いただいた絵はがきを取っておくようになりました。それまでは「きれいだな。だけど使用済みを持ってても仕方ないか」と、後ろ髪を引かれる思いでお別れしてきたのです。アホでした。いただいた絵はがきをだいじにするようになってみると、「買った絵」よりも、「授かった絵」の方が、私とのご縁が深かったのかもしれないと思います。絵はがきを眺めるたびに、その絵とも、画家とも、くださった方とも、仲良しの度合いが深まる気がします。
 絵本の棚も、私のオリジナル美術館のつもりでつくっています。これまで私が学んできたことを全部使って、妥協なく「美しい」と思える絵本だけを、厳しく選んで取ってあります。ピカソやクレー、シャガールなどが描いた絵本がもしあったら、ぜひ我が家にお迎えしたいです。絵画鑑賞法を教えてくれる絵本も好きですが、それではなくて、芸術家の手になる「おはなし」の本を。

 フランスの画家、バルテュスの『ミツ~バルテュスによる四十枚の絵』(バルテュス/著 泰流社)は、すぐ本棚に加えたい1冊でした。これには、バルテュスが9歳の時に描いた40枚の絵が載っています。少年バルテュスが、猫に出会い、飼って、失うまでのことが40枚の絵を通して物語のように描かれていますので、画集というより文字のない絵本といってもいいかと思います。序文には、リルケが文章を寄せています。ですが、この本を見つけたときには絶版でした。諦められず、図書館本をコピーして綴じて、好きなリボンで背張りしました。お話も自分で作って書き込み、愛蔵していました。それがなんと、河出書房新社から復刊されています。美しい日本人妻を持った、背徳的な絵も多い大画家バルテュスですが、他のどの絵よりもこの絵本が好きという方は、多いのではないでしょうか。
 
 アメリカ美術の巨匠、ベン・シャーンを知ったのは、手のひらサイズのこもりうた絵本でした。いいなあ! この画家。ほかにないのかなと思っていたら、『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(ベン・シャーン/絵 アーサー・ビナード/構成・文 集英社)が出たので買いました。楽しいお話ではありません。怖い話です。小さい子どもには見せません。でも美しいのです。痛い、悲しい美しさが、この世にはあるのですね。原発事故を起こしてしまった私たちが、風化させてはならない話でもあると思います。
 
 親の仕事の一つに、「何が美しいかを子どもに教える」があると思います。食卓に載せるお皿や料理。子どもに着せるもの、親が着るもの。カーテンの色、庭の花。子どもにかける言葉、ふるまい、暮らしの全般を通して、親のセンスが子どもに流れ込んでいきます。私にとってこれは怖いことです。ヴィスコンティ監督の映画を、何本か続けて見た学生時代、映画に出てくるあの豪華絢爛がそっくりそのまま、イタリア貴族の家に生まれた監督の普段の暮らしと知った時、私が芸術を理解するなんて、どう逆立ちしても無理なことに思えました。でもきれいなものが好きなので、そこと切り離されるのは寂しいのです。もともと芸術に関するささやかな理解力しかないのに、そのなかのさらに一部しか子どもに伝えられないのが、情けないです。インテリアもおしゃれもよく解らない母親から、子どもたちはセンスを学びようがないだろうなと、申しわけない気持ちになりました。
 でもハッと気づけば、絵本がありました。私はここを通して、「何が美しいか」を子どもに伝えよう。そう思ったら元気になりました。絵は描けませんが、どの絵が美しいかについての考えは持っています。詩は書けませんが、どんな言葉が美しいかについての考えもあります。絵本はそれを具体的に見せてくれます。
 「何が美しいか」を教えることは、子どもに善悪をこと細かに教えること以上に、強力な道徳教育であったと思います。あなたの選ぶ美しい絵本で、おうちに小さな美術館をお作りくださいね。

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