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子育てエッセイ

松井るり子
  岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
 たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。
 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。

連載17 意味以前の世界で

 三人の子どもたちが小さかったころ、『はいくかるた』でよく遊びました。小林一茶や松尾芭蕉などの有名な俳句がたくさん書いてある、かるたです。家で、じゃがいものチーズ焼きをつくると、上の息子は
「チーズとけて、村一杯のチーズかな。わーっはっはっは」
と、大笑いしていました。もとは、一茶の「雪とけて村一杯の子どもかな」です。たわいないことに、しかも自分で言ったことにこんなに受けちゃって…と、みんなで一緒に笑いました。
 
 下の息子は、年中の時に、
「ぼくのせんせいはねえ、〈おうだんほどう〉に行ったことあんだよお。
〈おうだんほどう〉っていいところ?」
と私に聞いてきました。その日は、幼稚園で交通指導があったのですが、彼は〈おうだんほどう〉という、音とイメージを持ち帰ったのみ。こういうわからんちんを相手に、安全教育をせねばならない先生方のご苦労がしのばれました。もうしばらくは、この子の安全を本人任せにせずに、私が守らねばと覚悟しました。
 
 娘は5~6歳のころ、でたらめ歌の作詞作曲朗唱に余念がありませんでした。例えばある日は、
「べけくん。べけくん。べけくんの隣の、べけくん。べけくん。べけくんの隣の、べけくん…」
と、きりなく歌っていました。彼女に見えている架空のその通りには、ずらーっとおうちが建ち並び、住人の名はそろって「べけくん」であるという状況に、頭がくらくらしました。
 
 このようなほんわか世界の住人である子どもたちに、いきなり「意味」のぎっしり詰まったものを突きつけることこそ、無意味なことです。
 
 子どものときに読んだ本に、こんな笑い話がのっていました。いばりんぼの殿様に世継ぎが生まれて、家来がご挨拶に伺います。家来は、
「これはこれは若殿様、ご機嫌麗しきご尊顔を拝し奉り、誠に誠に恐悦至極に存じ上げ…」
と慇懃無礼にまくし立てたあげく、最後に
「それでは、おそれながら『バアーッ』」
と、いないいないばあをやって、やっとあかんぼである若殿さまと、気持ちを通じ合わせるのです。子どもに対して、意味の重みずっしりの言葉を手渡すおかしさを教えてくれる話でした。
 
 この時期の子どもたちは、ナンセンス絵本が好きです。ナンセンス絵本のどこが良いかを大人に説明するのは難しいので、「とにかく子どもに受けるんです」と紹介されることが多いです。それが「受けさえすれば良い」につながってしまうと、「受けたように見えなくても、子どもにとって意味がある」ことを見逃します。
 
 おかあさんが子どもに絵本を読んでいるときに、子どもはほかのあそびをせっせとしていることがあります。聞いているのかいないか…そんな子が1ヶ月も経って、その絵本の言葉をひとりで暗唱していたりします。また、子どもがお話に深く入り込んで、その世界に圧倒されていることもあります。一見、他の人には子どもの胸の内がわかりません。でもずっと後になって、「実はあの本が好きだった」などとポロッと語ってくれるようなことがあります。
 はいくのえほん』『続 はいくのえほん』(西本鶏介編/文 清水耕蔵/絵 鈴木出版)は、57歳の私でも懐かしい気持ちをかき立てられる、レトロ~な絵です。祖母が火鉢にかけていた金柑湯の匂いや、真っ黒い膏薬の臭いがしてきそうなところが好きです。この絵本には、名俳句がひとつずつ紹介され、どんな意味かという解説の文章が載っています。解説が古文の教科書ふうでないところもいいです。言葉の意味は保留。でもやがて解るときが来れば楽しいし、詩の言葉に子どものうちから触れていた、というのは一生の財産になるでしょう。不肖、私も現在その財産を使って仕事をしているので、ほんとです。
 
 意味を保留にして、かるたや、歌や、詩や、絵本であそんでいても、子どものなかで意味が独自の発酵をとげていることがあります。
 あるとき、幼なかった娘に、20メートルほど離れて隣接する棟のお友だちの家まで、夕方のおつかいを頼んだら、キッパリと断られました。いつも喜んで行きたがるお宅なので「どうして?」と聞くと、「暗いから。暗いとかなしみが降ってくるからいやだ」と言いました。私は、それはどこからのまねっこかと驚いて「誰に聞いたの?」と尋ねると、まじめな顔で「ほんとなの」と言いました。妙な疑い方をしたことが申し訳なくて、娘を抱きしめたのを覚えています。この出来事は、だいじすぎて口にしなかったので、娘は忘れていると思いますが、私にとって、宝もののような思い出です。  

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