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子育てエッセイ

松井るり子
  岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
 たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。
 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。

連載26 「自分の鳴き方、それぞれの聞こえ方」

 男と女の間に横たわる「深い川」、そして男社会と女社会の間に生ずる「異文化摩擦」を認識するにいたる出来事の筆頭は、エアコンの設定温度であると私は思います。「なーんだ、そんなつまらないこと?」と思われるご夫妻はお幸せです。私ども夫婦は、季節に応じた家庭内別居で、なんとか乗り切っています。
 こんな細かいことでも、自分を抑えて人に合わせるのは、簡単ではないということを、結婚する時に認識しておいた方がいいと思います。結婚生活は「片方の我慢」の上に打ち立てるより、「双方の我慢なし」から始める方が、うまくいくからです。いつもよい方法が見つかるとは限りませんが、決まった一人が黙ることが常態にならないよう、注意を払いたいです。
 親子の間にも「異文化摩擦」があります。自分自身とその親たちとの間にも、見過ごせない摩擦があったはずなのですが、そのあたりは割合きれいに忘れています。子どもが幼くて、力関係がはっきりしている間は問題にならなかったことも、大きくなるに従って、「親の方針に合わせてきたけど、自分は本当は違うんだ」と訴えてくるようになります。どうしても親の方が経験もあり、経済的な強みもあって、子どもに我慢させ続けるのがしつけのように思ってしまいます。でも傍から見ると「そうかなー?」ということはあるでしょう。我が家にもあったと思います。そしてまた、日常的な夫婦や親子のトラブルの多くが「言った」「言わない」であり、それは「私にはそうは聞こえなかった、こう聞こえてしまった」であるかも知れません。
 
 そこに気づかされた絵本があります。『うしはどこでも「モ~!」』(エレン・S・ワインスティーン/作 ケネス・アンダーソン/絵 桂かい枝/訳 鈴木出版)です。
 イギリスの犬は「バウワウ、バウワウ」と鳴き、スペインの犬は「グァウ、グァウ」と鳴き、フランスの犬は「ワウ、ワウ」と鳴いて、日本の犬は「ワンワン、ワンワン」と鳴く。同じように、かえる、あひる、にわとりの鳴き声を英語、スペイン語、フランス語、日本語で教えてくれます。でも牛はどの国でも「モ~!」だよ、という終わり方です。全体が音楽のような絵本です。翻訳しているのは、英語落語で活躍している桂かい枝さん。かい枝さんがこうして大阪弁で語ってくださると、なんだかうきうきするような、楽しいお話になっていて、不思議です。
 「違っていること」がけんかの種になりがちな日常からちょっと離れて、違っていると、おかしいやん、おもろいやん、と肩の力が抜けたら、もうけもの。知らない間にお腹に力が入って、低レベルなけんかをせずにすみます。その意味でこの絵本は、小さな平和に貢献しうると思います。

 上記に並ぶ、動物の鳴き声絵本の傑作に、『コッケモーモー』(ジュリエット・ダラス=コンテ/文 アリソン・バートレット/絵 たなかあきこ/訳 徳間書店)があります。
 ある朝、時を告げようとして、おんどりが鳴いてみると、出てきた声は「コッケモーモー!」。鳴き方を忘れてしまったのです。雌牛たちに誤りを指摘されてやり直すと「コッケガーガー!」に。あひるたちに怒られてやり直すと「コッケブーブー!」に。という具合に、妙な声ばかりが出てきます。でもその困った状態のおかげで、悪者を追い払うことができ、農場の平和が守られ、皆にほめられました。そして、自分本来の鳴き方を思い出しました。おんどりは、自分の鳴き方を二度と忘れませんでした。
 他愛ないお話なのにふいに、あるいは徐々に、自分を見失う、というところが、他人ごとではありません。昔に比べて、ものごとが思い出せなくなっていたり、忘れてはいけないことを忘れていたりすることが、脳の老化の始まりだろうなと思います。自分の鳴き方、自分を表現する方法、自分の意志を伝える方法は常に磨き、放置してはいけないということなのかも知れません。

 この2冊はどちらも、大人が黙読しているだけでは「どこがおもしろいの?」というたぐいの絵本だと思います。耳を傾けてくれる相手があったら、読み手も本も幸せです。その幸運に感謝しながら、音読してください。一人で音読のお稽古をなさるときにも、是非声に出して、ご自身に聞かせてあげてくださいね。きっと良い方向に、気持ちが動くと思います。  

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